「花はね……咲くからキレイなんです……」
「ハ……?花?」
たとえ散っても
また咲ける…
ボクは また…
咲けるんだ…
これから また…
三つ編みのお兄さんとさんのおかげで何とか電車から無事に下りることの出来たボク。
もう少しあの場に居たい気もしましたが、ボクは学校へ行かなければいけません。
今日からまた野球が出来る、と浮かれる気持ちを抑えて登校したのはいいんですが……。
「しまったなー、始業式も終わっていたなんて……」
こんな時間に教室に入るのが気が引けたボクは裏庭の桜の木下に座り込んだ。
エナメルバックから学校へ来る途中にあったコンビニで買ったおにぎりを取り出す。
鮭おにぎりとシーチキンおにぎりだ。
「せっかくコンビニでおにぎり買ってきたのに……」
練習に参加出来ないなら昼食いらなかったかな。
そういえばさっきの店の店員ボクのこと不思議そうな目で見てたけど何でだろ?
あ、そうか。
ボクさっきの不良たちの所為でぐちゃぐちゃのボロボロなんでしたね。
「でも……よかったな……フフフ」
指についた御飯粒をパクつきながら桜を見上げた。
舞い散る桜、だけどボクは今から咲くんだ。
完全回復……。
学校に来る途中にもう1つ買ったものがある。
それをゴソゴソとズボンのポケットから取り出して眺める。
そう野球ボール。
真新しい縫い目と汚れてない真っ白な野球ボール。
やっとコレで……できるんだ……。
もう一度……野球が―!
「!?っわ!すごい風っ!?」
気合を入れてボクが立ち上がった瞬間、突風が吹いた。
地面から一気に巻き上がる桜の花びらたち。
桜吹雪が地面から吹いているようだ。
「前がっ……見えな……」
吹き上がる花びらが目に入らないように手を当てて防ぐ。
薄く目を開けてあたりを見渡せば、長い漆黒の髪が目に入った。
「っ……!?」
次にちゃんと目を開いてそちらを見ると、半裸……着替え途中の女性が……いた。
―!?
ボクは言葉にならない声を上げてその女性に見とれていた。
漆黒の長い髪が風に吹かれてなびき、柔肌は桜のように薄く色づいていた。
それに……パンツ。
ボク、今日はパンツに縁がある日なのだろうか。
そう考えた瞬間、さきほどの電車の中の女の子、さんが脳裏に浮かんだ。
なんて考えていると振り返った着替え途中の女性と目が合った。
ボクはしどろもどろになりながらもどうにか弁解しようと口を開く。
「あ……その……」
ドッ
「へぷしっ!?」
ボクが声を発した瞬間、その女性の鉄拳が飛んできた。
避ける間もなくキレイに顔のど真ん中に入り、ボクは後ろへと倒れた。
「サイッテェね!?」
今日、浴びた拳の中で一番痛い気がするのはどうしてだろう。
うっすらと涙ぐみながら地面の上で思い返す。
「のぞきなんて人として恥ずべき行為だわ!」
「親が知ったら泣くわよ!どんな教育受けてきたの!?……って……アレ?子供?」
般若のような声で怒鳴ったと思ったら急に女性は静かになった。
ボクは反論しようと立ち上がって窓に詰め寄る。
そう部屋の中で着替えていた女性が窓越しに目に飛び込んできていたのだ。
女性はもうブラウスのボタンをきちんととめていた。
「ま……窓が開いていたんだ!」
「そういえば最初から開いてた気が……私が閉め忘れてたんだっけ……ウフフ……ゴメンねぇ〜……」
この人、テンポが独特だ。
そう呆れながら聞いていたら「ハイ!」とピンク色のハンカチを差し出された。
意図が分からなくてボクがぼーっとしていると女性は言葉を続けた。
「コレでお鼻ふいてね。スッゲェ鼻血出てるよ」
キレイな……人だなぁ……。
今更にドキドキしてきたボクは素直にハンカチを受け取って鼻血を拭くことにした。
「あ……りがとうございます……鼻血はアナタのせいです……」
お礼の言葉に皮肉をつけるのを忘れなかった。
電車の中で殴られた鼻血がやっと止まったと思ったら、これだなんて。
女性は鼻を拭いているボクを見つめていたかと思うと、何かに気付いたのか「キャッ」と楽しそうに笑った。
「おや?君?」
「へ?」
訳が分からなくて声をあげると、悪戯っ子のような笑いを浮かべた。
そして、ボクの顔を指差すと、そのまま下へ下へと指を下げる。
そのまま下がっていきピタリととめたと思ったらボクの顔を見つめてまた笑った。
「ズボンふくらんでるわよ?もしかして……」
「ふへ!?」
言われて自分のズボンを見ると、言われたとおりにもっこり膨らんでいた。
え、ちょっ、でも……さすがに恥ずかしくなってボクは慌てた。
中学生になったばかりのボクでも分かる……"ふくらんでる"の意味。
ひとしきり慌てたあと、ボクははっと気付いた。
コレはさっきのアレだ。
「は!?コ……コレは!」
「やっぱりのぞきだったのかしら―?ウフフ」
「ち……違いますよ!コレは……」
からかわれていることに気付いたボクは急いでポケットから取り出す。
白くて新しい野球ボールを。
「コレはポケットに入れた野球のボールです!」
「ボール?君……いつもボール持ち歩いてるの?ヘンなの……大切なモノ?」
これで疑いが晴れる、と自信満々で言ったボクの言葉に対して"ヘン"と返された。
面と向かって"ヘン"だなんて言われたことのないボクは思わずひるんだ。
「あ……いえ……学校に来る途中に買ったモノですケド……980円でした……」
丁寧にもその野球ボールの入手経路を説明したボク。
でも、ボールはボクにとって、投手にとってとてもとても大切なモノで……。
「ボクにとっては……とても大切なモノです―」
「……ふ〜ん、そっか……じゃあ君……野球上手なの……?」
その質問に少し驚いたあと、ボクは自嘲的な笑いを浮かべた。
ボクは……上手ですよね?野球。
これからもずっと投手できるんですよね?
自問自答したあと、ボクはその女性の質問に答えた。
「ハイ……!上手ですよ、野球……!」
「……すごい自信ね。普通、自分で言わないモノよ……?」
「ボクは……リトルでずっとエースだった……シニアにだって負ける気がしなかった……」
ボクが自分で自分をエースと言ったことにか、全てにか分からないけど女性は驚いていた。
右手で握ったボールを見つめてボクは言葉を紡いだ。
「ボクが投げれば誰にも打たせない……いつもそう思って投げていた……」
「ボクにとって投げることは全てです……」
投げられないなんて考えられない
だからマウンドに立つんだ……あそこに立つことで……
ボクは咲けるんです!
そこでまた風が吹いてゆっくりと桜が舞った。
散るんじゃなくて、綺麗に舞って飛んでいった。
女性はボクの言葉に目をまん丸に見開いて驚いていた。
そして「ふふふふっ」と奇妙に笑った後、声を上げてとても楽しそうに笑った。
「ふふふ!あはははははははっ!」
「な……なんで笑うんですか!?」
真面目に言った言葉を笑われてボクは恥ずかしくて赤くなった。
でも、その女性は「ゴメンゴメン」と別にそう思ってないような口調で更に笑った。
「君は本当に野球大好きっ子だなと思ってさ!」
「べ……別にいいじゃないですか……!」
「あんまりにも似てたから……」
「似てる?」
「だから君を応援したくなっちゃうのかな……だって」
言葉の続きに興味を持って顔を上げればニッコリと笑われた。
そして、ぐっと距離を縮めてボクの目のすぐ下に女性が指を当てた。
「君はホンット、アイツと同んなじ瞳をしてるから」
「あ……あがっ!?」
か……!
顔が近すぎっ!?
ガチャッ
「アラ……誰か来たみたい……」
「うわっ!?じゃ、ボクはコレで!」
「あ」
「し……失礼しました―!」
ボクが慌てていると、女性がいる部屋のドアが開かれる音がした。
あまりの近さに慌てていたボクはそのまま逃げるようにその場を後にした。
これ以上近くに居たらボクの心臓は持たない、と思う。
さんといい、さっきの女性といいどうしてあんなにも無防備なんだ!?
「あ……ちょっと待ってよ!」
「?」
「何……?誰か外にいたの?」
「うん……ちょっとおもしろい子がいてね……ふふ」
「っていうか、窓閉めてよね―?」
「あ……ゴメン。今閉める……あ……あの子の名前聞きそびれちゃったな……」
花形満がお届けします
Part1