「いゃあ……助けてくれて本当にありがとうねぇ……」


蛍光灯の薄暗い光が充満し、電車の音が大音量で響くホーム。
その中でお婆さんが男2人、女1人に頭を下げてお礼を述べている。

花形とは顔を見合わせて照れくさそうに笑った。
そんな花形に向かって、アンタはお礼言われるほどのことしてないけどね、とが小さく声を漏らす。
もちろん冗談なのだががニッコリ笑っていうものだから花形はまた困ったような照れたような笑いを浮かべた。


「元はといえばアタシのせいだったのに……3人を巻き込んじゃって……ゴメンよぉ」


「いえ、女性への暴力暴言は許せません!」


「そうそう。あと弱い者イジメもいけ好かないしねー」


お婆さんが申し訳なさそうに頭を下げるのを見て花形とが慌ててフォローに入る。
花形に至ってはグッと拳を握り締めて何処かで演説でも始めそうな勢いだ。


「そーそー。利害の一致って奴だ。ひゃはは!」


一歩遅れて三つ編みの男がニコニコと愉快そうに言った。
彼の後方にあるゴミ箱に放り込まれている先ほどの不良たち3人。
顔は腫れているわ、血が出ているわ、でいいところなんて一つもない。
目元に涙の跡がある奴もいた。


「で、でも少しやりすぎじゃあ……」


大人として見過ごせないほどの大怪我と言えそうなほど不良たちはボロボロだ。
お婆さんもそれが気になったのか声を漏らすが、三つ編みの男は声をあげて笑うだけ。


「ひゃははは!平気平気」


やはり語尾にハートがついているのではないか、と思えるほど実に愉快そうだ。
が後ろを振り返ってゴミ箱の不良たちと三つ編みの男の顔を比べる。

唇を笑みの形へ歪めてポツリと言葉を漏らす。
だが、その言葉は誰に聞き取られるわけでもなく電車の音に掻き消された。
ちなみに本来、の降りるはずの駅はあと2つ次だ。




「アンタも殴られたけど平気かい?」


「え……?ボ……ボクですか……?」


おばあちゃんの問いに花形は顔を引きつらせた。
痛くない、なんて答えられるほど軽い痛みじゃないはずだもん。
アレだけ赤くなって血も出てたってコトはきっと口の中切れてるだろうしね。


「大丈夫!あ……あんなのへでもないです!全然イタくない!」


「そ……そうかい……プライドの高い子だねぇ……」


「ま、顔みれば無理してるなんてすぐに分かるけどねェ」


ひくひくと口元を引きつらせ、肩なんてぷるぷると震えているじゃないか。
優しい子だなァ、なんて感心する反面、意地悪をしたくなるのがアタシってものです。

アタシの言葉に花形は「黙っててください」と言わんばかりにキッとコッチを睨んできた。
さっきアタシのパンツ見て赤くなってたくせに。
それに、おばあちゃんだって気づいてるに決まってるっつの。


「ケドね……こんな事言うのも何だけど……あまり無茶はいけないよ……?」


「!」


おばあちゃんの言葉にハッとしたように目を開く花形。
アタシは関係ないので、少し横に避けて2人のやり取りを見守った。
素敵三つ編み頭も同じように避けて、やはり笑顔のまま2人を見ている。


「このお兄さんが助けて(?)くれなかったら大変なコトになってたよ?」


「……」


見て分かるほど暗く落ち込んでいく花形の表情。
おばあちゃん、助けてもらっといてその台詞はキツイものがあるよ。
結果的にグラサンアフロ達をヤっつけたのは素敵三つ編み頭だけど、花形だって……。


「もう、こんなケンカは……」


「何言ってんだ、ババア!」


「バ……ババア!?」


今まで傍観を決め込んでいた素敵三つ編み頭が声を上げた。
言葉遣いは良いとは言えないものだけど、アタシは人のこと言えた義理じゃない。


「どんな相手でも立ち向かう勇気が大切なんだろ?」


その言葉に下を向いていた花形が顔を上げて素敵三つ編み頭の方を向く。
他の人の台詞だったら絶対笑っちゃう自信があるアタシだけど、今は笑わない。
なんか似合ってる気がするから。


「じゃなきゃ……オレは助けたりしなかったよな?」


「……べ……別に助けを求めたおぼえはありませんケド……」


そう言って花形に向かってウインクをする素敵三つ編み頭。
アタシに向かってして欲しかったなァ、花形ってばズルイ。

けど、花形は助けられたことが照れくさいのか頬を掻いている。
ありがとう、ぐらいちゃんと言いなさいよ、花形!


「そりゃまあ……結果的には助かったケド」


ぶつぶつと小声で言う花形を押しのけて素敵三つ編み頭の前へと進み出る。
あまりの身長差に完全に見上げる形になるが、怯えることなく見つめてみた。


「ん?少女も何かあるのか?」


「あ……いや、その……ありがとうございました」


って、何でアタシがお礼言ってんの?
名前聞くくらいすればいいのに……ってアタシ意外と意気地なしなのよ。
すると素敵三つ編み頭は不思議そうに首を傾げた。

そして、アタシの頭をグリグリと撫でるとニッコリ笑った。
他の人だったらセットが崩れるって怒るけど、素敵三つ編み頭相手になら気にならない。


「少女もケンカ強いんだな」


「だ、だってアタシに出来ないコトなんてないもん!」


「ひゃはっ。でも、ケンカも程ほどにな」


そうアタシに出来ないコトなんてないもん。
少林寺だってそうだけど、ピアノも茶道もスポーツも。
小さいころ散々習い事に行かされたからね、アレは本当大変だった。

素敵三つ編み頭の言葉に「ハーイ」と元気良く返事はしたけどあまり頭に入っていない。
ケンカも程ほどに、なんて……アナタに言われたくないですよー。
それにアタシはケンカするが好きなワケじゃなくて、見るのが好きなんです。


「ヨシ。意気投合したトコで朝まで4人で飲むか!」


「オールかい!?」


「ジュース飲むーっ」


さも名案が浮かんだという顔で親指を立てて笑う素敵三つ編み頭。
お酒は無理だけどジュースなら飲みたい。
というか、おばあちゃんツッコむところ間違えてない?

それに、素敵三つ編み頭とバイバイするなんてなんか勿体無い気がする。
だって、面白そうなんだもん。
それは花形にも言えるコトだけど、アタシの興味を惹くナニカを持ってる気がするし。


「飲みません!ボクはこれから学校です!それにさんもでしょう?」


「えー……でもさァ、花形とかとバイバイしたくないし」


あまりにも普通な流れに花形が身体全体を使ってツッコんだ。
あぁコレで花形のポジションはツッコミに決まりだね。

“これから学校”

花形のその言葉に素敵三つ編み頭とおばあちゃんの眉がピクと動いた。
今の時間は10時ちょっと過ぎ。
もう始業式が終わっちゃう頃かな?


「こんな時間に登校……?遅くね?」


「不良かい……?」


2人に問い詰められ焦ったように一歩下がる花形。
そうだよね、この時間に登校なんて学生にあるまじき姿だよ、全く。
まァ、アタシもなんだけどね。
ってか素敵三つ編み頭はいったいいくつなんだろう?


「ち、違いますよ!ボクは病院に寄って遅れただけですってば!」


「病院……?どっか悪いのか少年?」


「花形ケガしてんの?」


今度は“病院”の言葉に動きを止める。
全然ケガしてるようには見えないんだけどなァ……何処か悪いのかな?


「あ……いえ、その……」


下を見つめて少し黙ったかと思うと、ゆっくりと顔を上げて幸せそうに笑った。
何かを思い出しているのか、これからのことを考えているのか。
出会ったばかりのアタシに分かるはずがないけど、一生懸命想像した。


「その反対です!」


「?反対……?」


反対。
物事の位置、順序、方向、あり方などが逆の関係にあること。

どこか悪いのか、ケガしているのかという問いにこんな答え方って?
国語の成績悪いのかな?


「完全回復なんです……!」


「は?」


アタシの取りたいリアクションを素敵三つ編み頭がとってくれるのでアタシは黙っておく。
ポカンと口をあけて呆けている表情もなかなか素敵だ。
意味が伝わらない花形の話にアタシたち3人は困惑するばかり。


「おい少年何の話だ?」


「フ……知ってますか?」


ごめん、お願いだから普通の花形少年を出してください。
さっきまでのヘタレでプライドが高い花形で十分ですから。


「花はね、咲くからキレイなんです……」


「ハ……?花?」


それだけ言うと花形はホームの階段を一気に駆け上がっていった。
あっという間に人混みに飲まれて消えてしまった花形の影。


「え、ちょっ……花形っ!?」


アタシだけ残してこの場から消えちゃうの?
てか、あの制服ってどこの中学?
せっかく名前まで知ったのに……分かんないじゃん。


「行っちまったなー。で、少女はどうするんだ?」


「んー……今から行っても怒られるしなァ」


「あぁ、悪いけど待ち合わせに遅れてしまうからアタシはもう行くね。2人とも本当にありがとうねぇ」


素敵三つ編み頭に聞かれて真剣に悩んでいると、おばあさんが時計を見て声を上げた。
そして、一度頭を下げてからエスカレーターのほうへ歩き始めた。


「おばあちゃんも気をつけてねー」


その背中へと手を振ったあと、改めて素敵三つ編み頭の方を見る。
うん、やっぱり格好良い。
アタシがじーっと見ていると、どうしたとまた聞かれた。


「あのさ、アタシ……」


「?……腹でも痛いのか?」


下を向いて離すアタシを心配したのか少ししゃがんで同じ目線に立ってくれた。
顔を上げると今までとは比べ物にならないほど近くにある素敵三つ編み頭の顔。
あぁ絶対アタシこの人のコト好きだ。


「アタシ三つ編み頭のこと好きっ!惚れた!」


「え……?ちょっ、オイ!」


素敵三つ編み頭が反応するより早く腰元へときつく抱きついた。
大きく目を見開いてアタシを剥がそうとするが、よりいっそう腕の力を強める。
周りの人がコッチを見て何かを言ってる気がするけど気にしない。


「わ、分かったからとりあえず離れろって……な?」


「嫌だっ……あ、じゃあ離れたら彼女にしてくれる?」


「はぁ!?」


我ながら大胆なコトを言っているのは分かってる。
けど、そうでもしないと抑えられないくらいこの三つ編み頭にハマってしまったんだ。
一目惚れなんてバカみたいだけど……本当に好きなんだから仕方ない。


「じゃあ、離れないっ」


「っ……分かったよ、とりあえず離れてくれたら考える」


「……それ本当?」


「あぁ、本当だから早く」


「本当に本当に本当……?」


頭を押され、首元を引っ張られても絶対に離れてやらない。
先ほどよりも周りがざわつき始めたところで素敵三つ編み頭が呆れたようにため息を吐いた。
そして、そのあと「本当に本当だから、な?」とゆっくりと頭を撫でられた。

アタシはゆっくり離れて周りを見渡して予想以上のギャラリーの多さに驚いた。
急に自分の取った行動が恥ずかしくなって慌てて「ごめんなさいっ」と素敵三つ編み頭に謝った。
もちろん腰の角度は90度で。
だから、このとき素敵三つ編み頭がどんな顔をしていたかなんて分かるはずもない。


「ひゃははっ!少女……見かけによらず大胆なんだな」


素敵三つ編み頭に言われて余計に恥ずかしくなってその場に座り込んだ。
あぁ、自分の行動が信じられない。

すると急に身体がフワリと宙に浮いた。
驚いて顔を上げると目の前に地面とスニーカーが映っている。
身体の下に手をついて上半身を持ち上げて、やっとそこが素敵三つ編み頭の肩の上だと分かる。
もしかしなくても今アタシ……抱えあげられてる?


「えっ……ちょっ、お、降ろしてっ!」


「そーか、そーか。視界が高くなってそんなに嬉しいか」


アタシがどれだけ降ろしてと騒いでも素敵三つ編み頭は一向に無視。
ひゃははははっ、と楽しそうな笑い声が返ってくるだけ。

駅員に不審な目で見られながら改札を潜って大通りへと出る。
そのまま歩いて行く黒沢の上でキョロキョロと周りを見回す。
そして、しばらく進んだところにあったコンビニの前でふと止まる。

ゆっくりと地面へと降ろされ、やっと自分の足で立った。
ニッコリと笑った素敵三つ編み頭が目に入る。


「じゃ、オレも学校行くからココでお別れだな」


「……嘘?」


「なんでだよ。オレは列記とした中学3年生だぞ?」


「詐欺だ、それって絶対詐欺だよ。年齢詐称で捕まるよ?」


急なカミングアウトにアタシは驚いているのだがどこか冷静に言葉を返す。
だって、190センチ近い身長にあのケンカの強さ。
それが中学3年生だなんて信じろ、っていうほうが無理だっつの。


「それが仮にも好きだ、って言ってきた奴の言う台詞なのか?」


「う……あー……っ」


今更に恥ずかしくなって顔を合わせられなくなる。
だって、もう会えなかったらどうしようとか思っちゃってつい……。

何も言えなくなって黙っていると、素敵三つ編み頭が笑い出した。
鞄を自分の身体の前で握り締めて、泣きそうなのを堪えていると笑い声が響いた。


「ひゃはははははっ。少女、面白いな。名前は?」


「ズズッ……ア、タシの名前ぇ?」


「泣くなって。あー……オレは黒沢影人。少女は?」


あ、雰囲気が変わった。
コッチが本当の三つ編み頭……いや、黒沢なのかな?
袖口でゴシゴシと涙を拭ってから、顔を上げて笑顔を作った。


、中学1年生。って呼んで欲しい……です」


、ね。で、は学校行かないのか?」


アタシの提案を簡単に飲んでくれて名前で呼んでくれた。
それだけで天にも舞い上がる嬉しさってのを感じて頬が緩んだ。


「じゃあ、今日は休みってコトで、黒沢の学校に一緒についてく!」


「黒沢って……呼び捨てかよ。ま、どーせ学校行ってもすぐ帰るんだけどな」


「じゃあ、カゲカゲって呼ぼうか?」


「……別に黒沢でいいぞ」


てっきりダメって言われると思っていたけど、また簡単に承諾してくれた。
学校に着いていくのもいいらしいので、コンビニに入っていく黒沢の後ろを追った。




好きだとんでみよう